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キャンディーヌと恋の話

以下の内容は、Moon Song 第4号(1999/11/30発行) に掲載された「キャンディーヌと恋の話」をhtml化したものです。
1999年10月27日(水)〜11月23日(火) に、全国 8箇所で行われた「谷山浩子ライブ'99〜アナタ 最高 LUCKY! TOUR〜」での浩子さんのMCです。複数の会場でばらばらに話された内容を、メモと記憶と又聞きだけで一本にまとめました(いくら浩子さんでも曲と曲の間にこんなに長くはしゃべりませんヽ(^^;)ノ)。実際のお話とはだいぶ変容している可能性もありますが、雰囲気だけでもお楽しみいただけたらうれしいです。(2005/1/5)

(「キャンディーヌ」の演奏の後)
いま聞いていただきました「キャンディーヌ」は、新しいアルバムに収緑されているんですが、このアルバムで二番目に、「なんですかコレ」って言われる曲です。なんで1年前とか5年前じゃなくて7123年前なんですかとか、よく聞かれるんですけれども、なんでってわたしに聞かれてもわからないんですが…(笑)。
それでこの曲について少し話したいと思います。

まず、この歌は,ラブソングです。
っていうと、あたりまえだって言う向きもあるかと思いますが…。
キャンディーヌっていう人形の女の子と僕という男の子がでてきて、僕とキャンディーヌが恋をしているからラブソング、というわけでは、ないんです。そうではなくって、わたしが十代のころの、恋をして頭の中がぐちゃぐちゃの頭ヘン状態になっていたのを歌にしたかったんです。だから僕とキャンディーヌは、実はわたしにとっては、どうなろうと知ったこっちゃないっていうか(笑)。
キャンディーヌにはモデルがいます。わたしが十八くらいのころに西麻布に自由劇場という地下にある劇場があってそこで見たお芝居にキャンディーヌっていう名前の人形がでてきたんです。けっこう大きい…3メートルくらいかな。お芝居のタイトルとか筋は忘れちゃったんですが。
お芝居が終わって外に出ると西麻布の町で、その時間は車は通るけど、人通りはなくって高速道路が頭の上を通っていて。そこで、そのころ好きだったひとのことを考えて、いま見てたキャンディーヌと彼のことと西麻布の高速道路がシェイカーで混ぜたみたいになってた、その時の気持ちを歌にしたかったんです。

歌にするのって、さっき歌った「MAY」みたいに日常の言葉で、好きだけど素直に言えない、みたいに作る方法もあるんです。あるんですが、その時の気持ちをそういう風に言葉にすると、すーごく好きでもう頭の中がぐちゃぐちゃになるくらい好き、とかになっちゃって、そんな歌は誰も聞きたくない(笑)。 だからその時の頭の中ぐちゃぐちゃなのをそのまま歌にしたんです。
そういう恋をしている時って、たとえば物の輪郭が細くチリチリ震えているとか、ほんっとに世界が違って見えて。わたしはそういう頭ヘン状態がすごく好きで、それこそ恋してる相手よりも好きだったんです。
っていう話をあちこちでしてたらアンケートにね、それは恋してる自分が好きってことでナルシストってことですよね、って書いてくれた方がいたのですが、それは、違います。ナルシシズムとは違うんです。
自分に見えてる世界が好きっていうのは広い意味ではナルシシズムというかもしれないですが。

ある知り合いの女性の若い頃の恋の話を聞いたことがあるんです。
そのひとは関東のひとなんですが好きなひとは北海道の札幌に住んでたんです。そのひとは彼のことをすごく好きで、それまで二、三回しか会ったことなかった彼を追いかけて札幌までいっちゃったんです。雪の舞いちる札幌駅で、「きちゃった」とかいって。
それで彼も受け入れてくれて向こうで一緒に暮らしはじめたんです。お休みの日には北海道のいろんなとこをドライブしたりして、すごーく幸せな時代が続いたんだって。
で、数年後に彼が東京に転勤になったんです。もちろん彼女も一緒に東京に帰ってきたのですが、それから東京で暮らしはじめたら、なんかかみあわなくなったんだそうです。なんか前と違っちゃって、なんかおかしいと思っているうちに結局わかれてしまったそうなんです。
その彼女が言っていたのが、今思えば、わたしは彼のことをを札幌という街こみで(笑)好きだったんだなって。
彼女の言うことすごくわかるんですよ。

恋愛って、情とか愛情とかの側面ももちろんあると思うのですがそういうのはひとまずおいといて、恋っていうのはなんなんだろうって考えてみたんです。
でね、なんかずーっと遠くにあるもの。言葉にするなら例えば、永遠とか宇宙とか、人によっては神様って呼んだりする、そういうものに対するあこがれというか郷愁の気持ちがあるんです。それがすごく強いとそういう遠くにあるものをそのまま求めているのが苦しいんです。だから、その気持ちを人間に投影しちゃう。
そういう恋をしてるひとは、だから、相手をとっかえひっかえする危険性があります(笑)。しばらくするとこのひとは求めてたのと違うって思って、なにしろ求めているのは実は人間じゃないんだから、別のひとだったかもしれないって、渡り歩くことになるという。
よく言えば求道型というか。

そういう恋はとっても甘美です。あと、たとえばそこから色んな芸術なんかも生まれてきたんですが、やっぱりそのままでは不幸ですよね。
幸せになるには、例えば、ずっと遠くにあると思ってたそれに実は最初からつつまれてわたし生きてきたんだというような発想の飛躍が必要なんですね。考えるだけじゃだめなんですが。
でも、今、そういう恋の真っ最中だっていうひともいるかと思うのですが、そういうひとは我慢しない方がいいです。「わたしって悪い女かも」とか思ってその気持ちを押さえつけちゃうと、どっかで無理が出て別のところでひとに迷惑をかけたりしちゃいます。
そういうひとはとことんやるといいです。とことんやって、どっぷりつかって、そうしているうちに、もうイヤって思える時が来ると思います。もぉ〜、こんなのたくさん、って思える時が。
そうしたら、次のステップというか、相手のひとをちゃんと人間として、まっとうな(笑)関係を築いていくことができるようになると思います。

と、ひとごとのように言っていますけれども、わたしの歌ではそんな頭ヘン状態につくった歌がけっこうたくさんありますので、その中から聞いていただきたいと思います。自分でも冷静な時に歌詞とか見ると、ここまで言うか、って曲ですが、でも気に入ってるんですよ。
(「王国」の演奏に続く)

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